2008-07

EXILE

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自宅は良く有名人の方のCM等に使かって頂いていますが、本日は店での撮影依頼。
福山雅治さん、エビちゃんに次ぐ大物!?と言ってもまるで芸能界オンチの我々。
某 翔さんの時もしかり、
EXILE???知ってる?と皆に尋ね、あきれられる。
私の中での芸能人はマイク 真木に始まってマイクに終わる。
さて大変なさわぎになると娘達に言われ極秘に事進めたにもかかわらず
大フアンの方がーーーー写真撮影はXサインも月間EXILEの表紙に一つ。
厳しい制限の中、DVD持参のMさん、子供をだしに使ったYさんetc。
なんと、植木鉢(さすがガーデニング屋さん)を持ってアタックの娘まで。
突撃隊がサインをゲット。感極まって涙ぐむ人もー。
ああー阿出川様をさしおいて。
私は26日きみづか海の家マイク真木コンサートに向け猛特訓。
毎年この時期、私のがなり声に女房の渋い顔。

SURFING LIFE 上映会 in 名古屋

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Bali High の武藤氏の主催で SURFING LIFEが名古屋で上映されることになりました。

場所: つるまいプラザ(愛知県勤労会館) 昭和区鶴舞1−2−32 052−733−1141


日時: 8月8日(金)18:30 オープン 19:00 スタート

私も当日名古屋入りします。ディーラーだったロッキーの鈴木氏とは数十年ぶりの再会となります。
武藤さんもTEDの中古からサーフィンを始められたとのこと、懐かしい方々とお会いできます。

又、当時のこの映画の批評が下記のアドレスからご覧になれます。


http://balihigh.cocolog-nifty.com/

坂口 憲二君

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今日は昼から坂口 憲二君が来宅し、7月21日(海の日)10:10分からWOWOWで放映される
サーフィンの歴史をたどる番組の録画撮り、実物にお目に合うのは初めて。さわやかな青年で色々
話が弾み映画サーフィン ライフも一緒に観賞し楽しい時間でした。
番組が楽しみ。

イスミリバークルーズ と マクレ親睦会

込み合うシーズンを控えマクレ親睦会を開き安全講習を行いたいと思います。

6月22日(日) 3:00〜TED SURF太東店

会費: なし

又、午前中はスタンディングアップ パドルサーフィンで自宅横イスミリバーでのクルージングの
イベントもありますので、興味のある方はお申し出下さい。
詳しくは
http://junadegawa.blog20.fc2.com/

昼、自宅でのランチパーティのみの参加もできます。12時〜    会費2000円

日本版 ジョイ浜崎

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長女と生まれたばかりの次女を実家に預け、2度目の渡米へ。今回はれっきとした目的が。
その頃、来日していたスティーブ ぺーリン(今は無い太東スティーブス ポイントの名付け親)の
マリブの家に滞在しサーフボード マニュファクチャーに入り込み修行という目的。マリブの高台の上の素晴らしい家から毎日CON SURFBOARD 他、色々教えを乞い。私自身はシルクスクリーン印刷に凄く興味を持ち何とか日本で出来ないものかとインク等購入し技術を盗んだり忙しい毎日でした。
ボード作りも材料も道具もない時代、ひたすらそんなものを買いあさりしてました。
T-シャツと言えば丸首の下着しかない日本、さそっくHIーCREWのシャツの会社と独占販売契約を。何千枚だか?何万枚だか?若い無鉄砲さって。
でもアメ横の栄光とかが情報聞き付け飛ぶように売れましたが。
そんな中、日本に来たときお世話したアーニー田中さんが、全米で2,3台しかないポルシェでドライブに連れて行ってくれたり、食事は当時の有名スターディーンマーチンと隣りあわせで厚さ5,6cmはあるステーキに目を白黒したり、近郊の砂漠にドユーン バーギーを積み込み遊びに行ったり楽しい日々でした。スティーブの弟はジョジョ ぺーリンというDEWEY WEVERのテストライダーで彼からも色々おそわりました。世の中はベトナム戦争の疲弊でヒッピーの時代、ハリウッドの通りはイージーライダーもどきのオートバイが行きかい、店も紙巻タバコ??の道具の店が軒を連ね、ミュージカルは真っ裸の物等少し前のアメリカでは決して見ることができなっかた光景がくりひろがれていた時代でした。
スティーブの家でもジョジョが毎日のように髪をきれ、髪をきれとお母さんが注意されていました。
サーファーのファッションも劇的に変わっていきました。
帰りはハワイに立ち寄りビーチ ボーイのクラレンス マキさんにお世話になり始めてハワイを楽しみました。前回はお金が無く、乗り継ぎの空港の中でほんの少しだけ空気を吸っただけでしたので。
日系人ジョイ 浜崎がサーフボード作りに女性一人加わっているのに刺激され、私は工場で働くことに。主人がシェープ、私がグラッシング、サンディングは主人、仕上げは私なんていう時代も有りました。もともとクリエーティブな仕事が好きだった私ですのでピンラインを引くのにこだわり芸術的な境地まで高め海に出て行ったボードが人々の注目浴びるのが嬉しかったものです。
日本プラスチック協会賞など頂いたりしました。

後にも先にも女性がサーフボード作りをしたということ私一人ではないかと。 百合子


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プロフィール

Legend Surfer

Author:Legend Surfer
1943年 東京神田生まれ
1964年 日大芸術学部在学中に渡米。サーフィンと 会う。
帰国後、TEDを立ち上げ雑誌ポパイ、メンズクラブなどの投稿を通じ、サーフィンを普及、サーフィン文化を一つのスタイルにした立役者。

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